10月に農業政策のセミナーに参加してから(農業政策のセミナーに参加してきました。)、農業と環境でどうバランスをとるのか考えているうちに総理大臣も変わり、お米を「もっと作る」のか、「需要に合わせて作る」のかといった政策目標も変わりました。農家の方が振り回されていることは容易に想像できますが、水鳥の保全に関わる立場から見ると、その変化が水田や湿地の生きものにどう響くのかが気になって仕方がありません。水田とその周辺環境は、シギ・チドリ類をはじめとする湿性生物にとって、とても重要な生息場所だからです。
日本の農業政策を考えるうえで軸になるのが、昨年2024年に改正された「食料・農業・農村基本法」です。この法律は、(1)食料の安定供給の確保、(2)農業の多面的機能の発揮、(3)農業の持続的な発展、(4)農村の振興、という4つの理念を掲げています。ここに「湿原の代替としての水田」をどのように位置づけるかが、今回のテーマです。
いまの水田農業には、ジレンマがあります。圃場の大規模化は、大型機械を入れやすくし、コスト削減にもつながるので、食料の安定供給の観点からは重要です。しかし、区画が大きく整えられた水田では、畦や水路、小さな湿地のような“余白”が削られ、生物多様性は単純になりがちです。逆に、中山間地などに残る小区画モザイク状の水田は、水深や植生の違いが生じやすく、湿性生物にとって好適ですが、作業効率が悪く、経営的には厳しくなります。
このジレンマへの一つの答えは、「地域ごとの役割分担」ではないかと考えています。大澤・三橋(2016)では、農地を生産重視エリアと保全重視エリアに分けるゾーニングの試行が報告されています。これを発展させると、地域ごとに、①生産性を最大化する「生産水田ゾーン」と、②湿地機能を重視する「水田湿地ゾーン」を計画的に分ける案が考えられます。前者では区画拡大や機械化を進めて食料供給力を確保し、後者では圃場整備の度合いを抑え、冬期・夏期湛水や緩やかな中干し、エコトーン水路や「江(え)」の設置などによって、水田を“人工湿地”として機能させます。限られた農地の中で、生産と生物多様性の両方を高いレベルで確保しようという考えです。
ただし、「水田湿地ゾーン」を農家の善意だけに頼るのは現実的ではありません。そこで、基本法の「多面的機能」と「環境と調和した食料システム」の理念に基づき、政策的な支払い(環境直接支払い)を組み合わせる必要があります。具体的には、多面的機能支払などの制度の中に「湿地機能」の項目を設け、冬期・夏期湛水、農薬削減、水利・畦草管理など、生物多様性に配慮した取組に対して追加交付を行い、さらに生きもの指標に連動した成果加算を行う、といった重点配分の仕組みが考えられ、二つのゾーニングの間で、経済的なバランスが取れることが理想です。実際に宮城県などでは、冬期湛水田が交付金の対象となっており、多面的機能支払をより生物多様性重視にシフトさせるべきだという提言は、日本自然保護協会(NACS-J)などからも行われています。
加えて、人口減少社会の中で、どう労働力を確保し続けるかも重要です。地域の営農法人が機械作業を担い、その中に専門性を持った「生態系管理部門」を設けて、水管理や生物モニタリングを担当させるなど、新たな農村での雇用を生み出すことができれば、「農業の持続的発展」と「農村の振興」という理念にも合致します。消費者側には、「湿地を守る米」といったブランドづくりや、学校給食・公共調達での優先利用を通して、地域の環境保全に参加できる選択肢として提示することができます。
このように、基本法の4つの理念を土台に、ゾーニング、環境直接支払い制度、人材雇用の仕組み、ブランド化を組み合わせれば、日本の水鳥を含む湿性生物の多様性と水田農業の両方を将来世代に引き継ぐ政策デザインが見えてきそうです(容易ではないですが)。水田を「お米を作るだけの場所」ではなく、社会全体で、「日本の風土と社会を支えるインフラ」として捉え直すことが、これからの農業と環境保全の共通課題だと思っています。

(守屋)
参考文献や資料
片山 直樹・馬場 友希・大久保 悟,2020,水田の生物多様性に配慮した農法の保全効果:これまでの成果と将来の課題, 日本生態学会誌 70:201-215,
https://doi.org/10.18960/seitai.70.3_201
日本自然保護協会,2022,農地の環境保全等活動の交付金制度への提言書を提出しました,
https://www.nacsj.or.jp/statement/50625/
農林水産省,2025,環境保全型農業直接支払交付金取組事例,
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/kakyou_chokubarai/attach/pdf/mainp-1750.pdf
大澤 剛士・三橋 弘宗,2016,日本の農業生態系における機能別ゾーニングの試行, 応用生態工学 19(2):211-220,
https://doi.org/10.3825/ece.19.211

