人々が身の回りの動植物の動きから季節の移り変わりを感じ取るのは、今も昔も変わりません。明治末から昭和にかけて活躍した文豪、永井荷風が日常の様子を書きとめた『断腸亭日乗』には、ちょうど今ごろの季節にモズが鳴いたという記録がときどき記録してあります。モズの漢字には「百舌鳥」や「鵙」という表記がありますが、その由来についてはすでにインターネット上で多く説明されているため、ここでは割愛します。
季節前線に興味を持っている方や、活動に参加されている方々には、モズはお馴染みの鳥でしょう。モズは昔の枯木鳴鵙図にも描かれていることから、古くから人々の生活に密接に関わってきた存在です。モズが鳴くと、なんだか「秋」を感じますね。今日は、永井荷風の『断腸亭日乗』に記録されたモズに関するいくつかの文を引用し、それを科学的な視点からみなさんにご紹介したいと思います。
断腸亭日乗 巻之一 大正六年丁巳九月起筆
十月四日。
百舌始て鳴く。
断腸亭日乗 巻之二 大正七年戊午
十月六日。
空くもりて秋の庭しづかなり。終日虫鳴きしきりて歇まず。芒花風になびき鵙始めて啼く。旧友坂井清君夫人同道にて来訪せらる。
断腸亭日乗 巻之四 大正九年
十月十日。
鵙啼く。
断腸亭日記 巻之七 大正十二年
十月三日。
快晴始めて百舌の鳴くを聞く。午後丸の内三菱銀行に赴かむて日比谷公園を過ぐ。
このように、『断腸亭日乗』の記述を振り返ると、大正六年(1917年)から大正十二年(1923年)にかけて、モズの初鳴きはだいたい10月4日前後に記録されています。当時、永井荷風は東京市牛込区大久保余丁町(現在の新宿区余丁町)に住んでいました。
ここで、東京都におけるモズの初鳴きデータを大正時代と比較してみると、興味深いことに、2011年から2024年にかけては、モズの初鳴きは8月下旬頃に聞かれています。『断腸亭日乗』の少ない記録は当時の全体的な初鳴きの季節を表すわけではありません。ただ、このような日記のデータが多数集まれば、過去のモズの初鳴き時期をより正確に推測できるかもしれません。実際、他の研究機関では日記に記載された桜の開花日を収集しており、これらの情報をもとに「春先の気温を推定する方法を見つけ出すことで、古い時代の春の気温も明らかになるのではないか」と考え、さまざまな日記を紐解いてデータを集めています(http://atmenv.envi.osakafu-u.ac.jp/aono/kyophe/)。このように、日記は科学研究にとって非常に重要な情報源であることもわかります。
とはいえ、永井荷風の記録が平均的な初鳴き記録だと仮定すると、現在の東京でのモズ初鳴き記録の最も遅い時期に相当しますので、現代の私たちは、大正時代の人々よりもモズで秋を感じるタイミングが早まっているのかもしれませんね。
皆様、もしモズの高鳴きを聞きましたら、是非こちらのリンクで記録してみましょう!
枯木鳴鵙図〈宮本武蔵筆〉
図の出典:Wikipedia